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奈良地方裁判所 平成11年(行ウ)12号 判決 2000年12月20日

原告

中家昌明(X1)

中尾博(X2)

上記両名訴訟代理人弁護士

石川量堂

被告

(橿原市長) 安曽田豊(Y1)

(橿原市福祉部長) 西村勉(Y2)

(橿原市厚生課長(平成8年度)、同市健康福祉部長(平成9・10年度)) 梨原良侒(Y3)

(橿原市在宅福祉課長) 森田正明(Y4)

上記4名訴訟代理人弁護士

中本勝

上記復代理人弁護士

緒方賢史

被告ら参加人

橿原市長

安曽田豊

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第二 当事者の主張

一  事案の概要

本件は、橿原市の住民である原告らが、橿原市が敬老会に配付する弁当につき、必要とされる数量を事前に把握することなく発注し、余剰分を廃棄していることに関し、廃棄分の弁当代金は不必要な支出であり違法であると主張して、橿原市長の地位にあった被告安曽田豊、同市職員の被告梨原良侒、同被告森田正明、同西村勉に対し、橿原市に代位して損害賠償を請求している事案である。

1  争いのない事実

(一)  原告らは、奈良県橿原市の住民である。

(二)  被告安曽田豊は、平成7年より橿原市長の地位にあり、橿原市の予算執行の権限を有する。

(三)  被告西村勉は、平成8年度において橿原市福祉部部長の地位にあり、後記弁当の配付のための支出に関する経費の支出命令の専決権限を有していた。

(四)  被告梨原良侒は、平成8年度において橿原市福祉部厚生課課長にあって右経費の支出命令を輔佐すべき立場にあり、平成9、10年度においては橿原市健康福祉部部長の地位にあって右経費の支出命令の専決権限を有していた。

(五)  被告森田正明は、平成9、10年度において橿原市健康福祉部在宅福祉課課長の地位にあって、右経費の支出命令を輔佐すべき立場にあった。

(六)  橿原市は、平成8年から平成10年の3年間、いずれも9月に橿原市中央体育館において、75歳以上の高齢者及び結婚50年を迎える夫婦を対象に、「敬老並に金婚祝賀会」(以下「本件敬老会」という。)を開催し、当日、入場券(弁当引換券)と引き換えに弁当などの配付を行っている。また、当日、行事に出席しないが、弁当だけを取りにくる者に対しても同様に引換券と引き換えに弁当を配付している(以下「本件弁当の配付」という。)。

(七)  橿原市が公表した平成8年ないし10年までの3年間の本件敬老会の対象者数、発注数、出席者数、弁当配付数、残数(廃棄数)は、次のとおりである。

対象者数 発注数 出席者数 弁当配付数 残数(廃棄数)

平成8年 5998 4560 1870 4000 500

平成9年 6218 4723 1840 4300 420

平成10年 6719 4950 1680 4400 550

(八)  原告らは、平成11年7月5日に本件弁当の配付について地方自治法242条1項に基づく住民監査請求をしたが、橿原市監査委員は平成11年8月19日、右監査請求を棄却する旨の通知を行った。

2  争点

(一)  本件弁当の配付に必要な代金の支出のうち、廃棄した弁当代相当分の支出が、違法な公金の支出と認められるか。

(二)  廃棄した弁当の個数

(原告らの主張)

(1) 橿原市は毎年敬老会を行い、弁当を配付してきたのであるから、毎年どの程度残数が出るかについては厳密に精査して翌年の発注数を決めることができた。それにもかかわらず橿原市はこれを行わず、数百個の弁当を廃棄してきた。

仮に、毎年、会場に出席しない者にも弁当を配付する制度を残したとしても、従前の年度の弁当配付実績を記録に残しておけば、どの程度の者が弁当を取りにくるかかなりな精度で予想できる。また、その予想をもとに少な目に発注し、不足分が出そうな場合は追加発注するなどの措置をとれば廃棄弁当を出さずに済んだはずである。

また、会場に出席しない者に弁当を配付する方法としては、各地区の民生委員に依頼して弁当配付の希望者をあらかじめ確認し、民生委員を通じて配付してもらうなどの方法も考えられる。

しかるに橿原市は、これらの措置を何らとることなく漫然と弁当を発注し、毎年数百以上の弁当を廃棄してきたのである。

(2) 廃棄した弁当の実数は明らかではないが、少なくとも本件敬老会に出席した者の数(この人数も必ずしも正確とは言い切れない。)を上回る弁当はすべて廃棄されていたと考えざるをえない。これによる損害は次のとおりである。

平成8年度 750円×(4560-1870)=201万7500円

平成9年度 900円×(4723-1840)=259万4700円

平成10年度 900円×(4950-1680)=294万3000円

〔中略〕

第三 判断

一  普通地方公共団体は、その事務を処理するために必要な経費を支弁するものであるが(地方自治法232条1項)、地方公共団体の事務を処理するに当たっては最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(地方自治法2条13項)、その経費は目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないとされているところである(地方財政法4条1項)。

したがって、普通地方公共団体の財務会計職員が右義務に違反して経費を支出することは許されない。

しかしながら、実際に経費の支弁を執行するのは当該行政目的実現のための執行機関の財務会計上の権限を有する職員であるが、右「最小の経費で最大の効果」あるいは「目的を達成するための必要かつ最小の限度」の判断は、当該行政目的、そのための手段、方法等の総合的な要素を考慮してされるべきであるから、第一次的には当該執行機関の裁量による判断を尊重せざるを得ず、右経費の支弁が違法となるのは、社会通念上著しく相当性を欠き、予算執行権限を有する財務会計職員の右裁量を逸脱した恣意的な支出と認められる場合であると解される。

二  右の理をふまえ、本件弁当の配付に際し廃棄した弁当代金相当額が違法な支出と認められるか否かについて検討する。

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件敬老会での弁当の配布に際しての発注数量の決定方法は、毎年10月ころ、財政課に対して次年度の事業(敬老会)において発注する弁当代の予算要求を行い予算措置がなされるところ、右予算措置に際しては、事業対象者数を各前年10月1日現在の住民基本台帳から算出し、これに出席率を75パーセントと想定したうえ、さらに翌年の事業実施時点までの間の死亡率等の補正率を98パーセントとし、これらの数値(73パーセントないし73.5パーセント)を右事業対象者数に乗じた数の弁当代とし、翌年9月における事業実施に際し、予算のとおりの数量の弁当を発注している。

(二)  橿原市の担当職員が右出席率を75パーセントとしたのは、昭和32年に敬老会が始まった後の昭和61年ころから経験的に一番確率の高いものとして用いられている数値に依拠したものである。

(三)  橿原市が公表した平成8年ないし10年までの3年間の本件敬老会の対象者数、発注数、出席者数、弁当配付数、残数(廃棄数)は、次のとおりである(前記第一の一の1の(七)のとおり。)。

対象者数 発注数 出席者数 弁当配付数 残数(廃棄数)

平成8年 5998 4560 1870 4000 500

平成9年 6218 4723 1840 4300 420

平成10年 6719 4950 1680 4400 550

右数値の内、対象者数は敬老会を実施した当該年の9月1日現在の住民基本台帳から算出するのであるから作為の入る余地はなく信用に値するが(なお、平成10年の対象者数6719とあるのは、前掲各書証を対比すれば、発注数の決定にあたり使用した前年の平成9年10月1日現在の対象者の数値を誤って記載したもので、実際は6527であるものと理解される。)、他方与出席者数については概数であり、実際の弁当配布数の確認は取られていないし、残数(廃棄数)の確認の仕方も20個入りのダンボール箱の残数を数えるという粗雑な方法であり(それさえも正確かどうか確認する手だてはない。)、信憑性に乏しい。なお、弁当の配布は引換券と引き換えになされるものであり、右引換券は橿原市の職員が受領し保管するものであるから、後日右引換券を数えれば容易に実際の弁当の配布数を把握できるのに、そのような作業は行われていない。

(四)  結局、本件敬老会において廃棄した弁当の実数は不明である。

2  〔証拠略〕によれば、平成11年からの敬老会での弁当の配布については、監査委員の意見をふまえ、従前の方法を改め、最初に往復葉書で対象者に出欠の照会をし、出席と回答のあった対象者にのみ敬老会の案内状を送付し、当日出席した参加者にのみ弁当を配布するという方法を取ったところ、残数(廃棄数)は57個と激減したが、他方、市民からは、出欠の返答を求めることへの不満や当日会場にこれない者にも弁当を配布すべきとの苦情が寄せられ、このような方法が必ずしも橿原市民全般に好意をもって受け止められたものでもない。また、前年に比べ、郵便料金や印刷製本費として27万7000円余りの経費増となったばかりでなく、出欠確認業務の事務量が増大し、時間外勤務に伴う経費も生じた。

3  以上の検討によれば、本件敬老会での弁当の発注数を決めるについては、各前年の実績を正確に調査し、確実に必要な弁当の数を把握することに努め、そのような作業を前提にすることが望ましいことは言うまでもないところ、橿原市(担当職員)は単に前年の対象者数に73パーセントないし73.5パーセントの数値を乗じて発注数を決めたものであって、そのような方法は杜撰であり、慎重さを欠くものと非難されてもやむを得ない。しかしながら、前記認定の事実を総合考慮すれば、橿原市の担当職員によるそのような決め方は、本件敬老会での必要弁当数に不足が生じてはならないことを最優先として、昭和61年来行われていた方法を踏襲していたものであって、当、不当はともかくとしても本件敬老会への余剰な弁当代金の支出が、社会通念上著しく相当性を欠き、予算執行権限を有する財務会計職員の裁量を逸脱した恣意的な方法によるものであったとまでは認めがたい。

三  原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 川谷道郎 前田泰成)

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